フットボールとは相対的なスポーツであるということ(J2第18節東京ヴェルディvs名古屋グランパス)

前置き

「自分たちのサッカー」という魔法の言葉が流布して久しい。
つまるところ、それはプレーモデル(そのチームがコンセプトとしている絶対的な原則)を指しています。そのプレーモデルを基に、人材・配置・規則性を定めていきます。つまり、「戦略」です。
そして「戦術」とは、戦略を遂行するための手段です。つまり、「戦術」を語る際には、「戦略」を踏まえなければ、その術に内在している意図が見えません。どういうフットボールを展開して、勝ちたいのか。その為に必要な手段は何か。相手がそれに対してタイプAという手段で対抗してきた場合、自分たちはそれに対してどう対処するか。
フットボールは相手があってこそ成り立つスポーツです。自分たちのプレーモデルを遂行するために、相手のどの部分を消すのか、逆に逆手に取るのか、幾手もの手段を予め実装した上で、90分間戦う極めて相対的な競技であります。
現在のJ2リーグにおいて、フットボールの相対性をプレーモデルに落とし込み、非常に論理的なパフォーマンスを展開している2つのクラブがあります。
徳島ヴォルティス、そして今日のテーマである東京ヴェルディです。
両チームのプレーモデルには幾つかの共通点があります。
・守備は、相手の攻撃を攻撃するものとして捉える
・常に高いインテンシティを保持する
・自分たちのストロングポイントを、相手のウィークポイントにぶつける
・全てのプレーのベースにあるのは、ポジショナルプレー
上記のプレーモデルを遂行する為には、相手チームに対する詳細な分析が必要です。

更に、基本的な戦術は相手チームに合わせて組まれるものなので、
「見かけのフォーメーション」は毎試合ちょっとずつ異なります。
ただ、守備と攻撃における原則は同じ、ポジショナルプレーです。
そのあたりを踏まえて、前節の東京ヴェルディvs名古屋グランパスを振り返りたいと思います。

スタメン

東京ヴェルディ

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<守備時>
ハイプレス時:ウイングバックが1列上がって全体がボールサイドにスライドする4-4-2
リトリート時:5-2-2-1
<攻撃時>
布陣をそのままにした形、あるいはボランチを1人最終ラインに落として、どちらかのCBを押し上げる3-2-5、あるいはボランチを1列落として、左右のCBを押し上げる4-1-5の形が基本形

 

名古屋グランパス

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攻撃時はワシントンが1列落ちてビルドアップをサポートし、左右のSBを押し上げる3-1-4-2がベース。

守備時は3ラインの4-4-2で構える。

 

0分〜15分

開始15分は互いに牽制し合いながらも、ヴェルディが持ち込んできた対名古屋戦術を攻守において垣間見せます。

攻撃においては、ボールを必要以上に保有せず、急増最終ラインの背後をシンプルに狙う形がまず1点。

怪我によって、高木善朗が欠場し、代役となった18番高木大輔は、豊富な運動量と裏への抜け出し、スプリント力が武器の選手です。

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また、同じ構造をシャドーの梶川が突いてフィニッシュまで持ち込む場面も。

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名古屋のCB-SB間が開くことをスカウティングし、そこに人、あるいはボールを斜めに入れる形が複数見受けられました。

 

 

守備においては、名古屋の最終ラインがボールを保持している場合は、

1トップの高木大輔がボールホルダーにアプローチし、ボールと高木大輔の位置に合わせて全体がプレッシングしていきます。

シャドーの片方が、もう片方のCBにアプローチ(ここで名古屋のCBと数的同数プレスをかける)し、ボールをサイドに追いやります。

ボールを受けた名古屋のSBに対しては、WBがチェックし、そのWBのポジションとボールの位置によって、全体がまたオーガナイズされます。

 

最終ラインはアプローチしたWBに呼応してボールサイドにスライドする為、4バックで構えるような格好になるのが、ロティーナ(というか3-4-3でのゾーンプレスチーム)の守備での特徴です。

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(トップとシャドーで名古屋CBにアプローチ)

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(名古屋のCB-ボランチ間のコースを切ってサイドに誘導。そこにはWBが一列高い位置でアプローチ)

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(全体がスライドし、最終ラインは4バックに可変)

 

ただ1つ問題が。それは最終ラインの高さです。いつもなら前線のアプローチに呼応してもう少し高めのラインで圧縮するのですが、この日の立ち上がりはラインが深めな気がしていました。それに伴って前線の選手との距離感がちょっと悪いです。

上の画像でも、前3人とWBは戻りきれていません。これではセカンドボールが拾えない。

まぁとはいえ、プレーモデルに関しては互角、そしてどちらかというと戦術レベルでヴェルディ優勢でゲームが進んでいましたが、

上記に書いた懸念点を名古屋が突きました。名古屋のテンポの良いパス回しから、田口泰士がワンタッチでシモビッチに付け、それに反応した杉森考起のビューティフルゴールが決まるのが15分。

ボールがなかなか取れず、全体の守備エリアが下がってきていたこと、それに伴って田口泰士へのアプローチが1テンポ遅れたこと、など改善点はあります。ただまぁ普通の物差しで見れば、かなり布陣はコンパクトです。

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それでも、ロティーナの言葉を借りれば「防げたゴール」の部類に入るかもしれません。ただ考起のシュートはうまかった。どこに当てたんやろう??とにかくおめでとう。

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15分〜30分

 先制されたヴェルディ。ただ、戦術は引き続き徹底される。

名古屋の守備の問題点は大きく3つ(これはこの後も出てくるので、数字で表記しておきます)

①ネガティブトランジションに連動性がない

②サイドを早く変えられるとプレスがかからない

③人を意識するサイドの選手と、スペースを守りたい中央の選手の意図が合っておらず、しばしばハーフスペースが作られる

16分には、左サイドで起点を作られ、そこから早くサイドを変えて、安西からのワンタッチクロスであわや決定機。

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19分には、左サイドのハーフスペースで起点を作られ、そこからサイドを変えて、渡邉の3列目からの抜け出しでフィニッシュまで持ち込まれます。

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(左CBの平が持ち出し、ウイングレーンの安在に付け、ワンタッチでハーフスペースの梶川に流してアタッキングサードに侵入。外外中崩しのお手本です)

また、③の弱点を突く形で、22分にはボール奪取後アラン・ピニェイロがCB-SB間を抜け出します。

ヴェルディが名古屋の弱点を効果的に突く流れでしたが、それを打ち破ったのが一人のテクニシャンでした。

 

23番青木亮太(通称、宇宙人)です。

 

ヴェルディの速いネガティブトランジションを青木の個人技術で回避。残るは広大な中盤のスペース。という流れで名古屋が個人技術を前面に出しながらヴェルディのプレッシャーを退けていきます。

更に、サイドハーフの和泉と八反田、そこに青木や杉森を含めた選手たちの流動的なポジショニングとコンビネーションにつられ、ヴェルディの守備は後手を踏むようになってきます。

また、マイボールにした際の攻撃パターンが裏一辺倒になってきた(アラン・ピニェイロがハーフスペースを使わず、裏へのボールしか要求しない。確かに一見狙いたくはなるけどw)ため、最終ラインと前線の意識、距離感が開き、中盤を名古屋に制圧されるようになり、リズムが次第に悪くなっていきます。

 

こういう時に、降りてきて中盤を助けたり、他の選手がプレーできるスペースを作る動きができていた高木善朗の不在が響いてるなぁという時間帯。

 

30分〜45分

この展開を受けて、34分にはパレンコヘッドコーチ、ロティーナ監督が最終ラインを攻撃時に高く設定するように指示します。当然の指示だと思います。

 

これによって、ヴェルディはビルドアップの形を少し変えました。

3バックと2ボランチによるボール前進から、井林と畠中とボランチ3人で名古屋の2トップの軽めのプレッシャーを回避し、左CBの平をかなり高い位置に押し上げて、前線に5枚を張らせる。それに伴って最終ラインも押し上げていく。

 

図にするとこんな感じです。

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これには目的が2つ。1つは前述のように最終ラインを押し上げたい。もう1つは名古屋を6バック化させてラインを下げさせることで、ボランチ脇のスペースをより有効活用したいという点です。

名古屋の弱点③に関連させた戦術になります。

これは40分、安西のミドルシュートのシーンですが、同じようなスペースを突けています。

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このように名古屋を6バック化させて、生んだボランチ枠のスペースを活用し、梶川の幻の同点ミドルに繋がります。

 

ヴェルディとしては、変更した戦術がハマった結果のゴールですから、取り消しという判定にあれだけ怒るのも無理がありません。してやったりなわけですからね。

ということで、かなり戦術的に濃い前半45分でした。

 

45分〜60分

互いにメンバー交代は無し。前半途中で負傷気味だった高木も交代無し。

47分、ヴェルディの左サイドのプレスがハマらず、青木が自由に。

今日の彼を自由にさせたら高い確率でピンチになります。

ということで青木のスルーパスに杉森が裏抜けで受けてフィニッシュ。

シュートは枠の外。

高い位置からのゾーンプレスを仕掛けるチームにとって、一つ噛み合わないと難しくなります。

 

その後やっぱり高木は厳しいということで51分、ドウグラスヴィエイラに交代。

 

56分にも和泉のパスに杉森が逃げる動きで受けてフィニッシュする決定機創出。このシーンは後で動画を見直して欲しいのですが、ヴェルディの前からのプレッシングを、GKの渋谷がワンタッチで展開することで打開し、和泉のラストパスに直接繋げています。目立たないですが、非常にいいプレーでした。

 

60分〜75分

てな形で、後半開始直後から、名古屋の個人技術の高さによってヴェルディの全体が押し下げられ、セカンドボールを拾えない状態。

かといって、名古屋もネガティブトランジションの強度が弱いので、中盤はヴェルディにとってもスペースがある状況になっています。

そのエリアで互いが互いの縦パスを引っ掛けあう展開に。

和泉の63分の決定機もその流れからでした。

 

で、65分。名古屋の弱点とそれを突いたヴェルディ、明暗が分かれます。

ヴェルディ陣内でボールを失った名古屋は、後ろ向きでボールを受けた内田に対してワシントン含めて3人がアプローチできる状況にもかかわらず、お見合い。

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その後簡単に右サイドに展開されます。

アラン・ピニェイロが名古屋の弱点であるCB-SB間を斜めに裏抜けし、そこにパスを合わせます。

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そしてペナ角を取れたアラン・ピニェイロからのパーフェクトなセンタリングに、ドウグラスヴィエイラが頭で合わせて同点。してやったりですな。

 

追いついたヴェルディとしては、もう一度前半終了間際に見せたように、全体を高い位置に押し上げるためのクリーンな球出しから、名古屋の中盤を押し下げた6バック状態にして、敵陣を制圧したい。

ということで、運動量豊富にビルドアップのサポートと、3列目からの飛び出しを行なっていた渡邉に代えて橋本英郎を投入。

それに伴って、今日3つ目の攻撃時システム変更します。

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狙いは2点。1点目は名古屋の急増最終ラインを2人のFWで徹底的に殴ること。具体的にはCB-SB間を狙う。サイドからのセンタリングを増やす。(そのために両WBのポジションも変更になっています)

2点目は中盤が実質2人状態の名古屋に対して、橋本を含めたセンター3人で制圧するということ。

 

そして67分、名古屋の集中が少し落ちてるのもありましたが、橋本→ドウグラスヴィエイラ であっさり逆転に成功します。

橋本のピンポイントなパス、CB-SB間を斜めに突いたドウグラスの動きの質と、トラップからシュートまでの技術の高さ。

完全にヴェルディの狙いがゴールに結びついたシーンでした。

 

その後もヴェルディセカンドボールを奪取し続け、2トップは継続的に名古屋の最終ラインを攻撃し、主導権を握り続けます。

 

その後、杉本竜士永井龍佐藤寿人を立て続けに投入しますが、中盤を作れない名古屋にとっては、FWの連続投入は決していい方向に結びつかず。

 

そのままの展開でゲームは終わりました。

 

総括

今日のテーマは「フットボールの相対性」「プレーモデル」でした。

ヴェルディは名古屋をかなり研究していたことは、本ブログからも少しは読み取っていただけたのではないかと思います。

 

個人・組織いずれの側面でも守備能力の低い名古屋の最終ラインをどう突くか。

そのために名古屋の中盤をどういう形に押し込むか。

名古屋の良さを出させないためにどう守るか。

ヴェルディは攻撃の形だけで少なくとも3通りの引き出しを見せていました。

守備においても、4-4-2と5-2-2-1と5-4-1を状況に応じて使い分けていました。

 

対する名古屋はどうだったでしょうか。

個人技術でヴェルディの圧力を剥がし、チャンスを多く作ることに成功しました。

現在の名古屋のアプローチには相対性は垣間見ることは難しいです。

今クラブが取り組んでいるプロジェクトにおいて、一プロセスの中での「個を伸ばす」という位置付けであることを祈っています。

素晴らしい才能が溢れていることは間違いありません。

それを、フットボールという相対性の高い競技の中で、フルに活かし、結果を出せるかどうか。

「自分たちのプレーモデルを発揮するために、相手をよく知る」

この観点の重要性をヴェルディから学んだような気がしました。

なぜなら、ヴェルディの選手たちも同様に1試合1試合確実に成長しているだろうなと感じさせたからに他なりません。

 

色々なことを考えさせられた試合でした。