歴史的な馬鹿試合を生んだ理由(J2第26節名古屋グランパスvs愛媛FC)

【前置き】

 

実況の西岡アナ、解説の下村氏からも「野球の試合」と評された、先日の名古屋vs愛媛は、両チーム合わせて11点というJ2の歴史上、記録的な一戦となりました。

 

後半開始直後、特別指定選手であり現役大学生の秋山陽介の素晴らしいセンタリングを田口泰士が頭で合わせて4-0。これで勝負あったかと誰もが思ったと思います。

 

その後、愛媛の間瀬秀一監督の采配によってなんとスコアは一時4-4に。

58分に丹羽詩温のゴールで1点を返すと、69分からの4分間で3点を取りました。

 

この45分〜72分の27分間に一体何が起きていたのかを、できる限り客観的に検証したいと思います。

 

【前半の愛媛】

5-2-3という形で守る名古屋に対して、愛媛は3-2、もしくはボランチ小島秀仁をフリーマンにした形でビルドアップします。

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最終ラインとボランチでボールを動かしながら、名古屋の3トップの1st守備をゆっくりとズラしていきます。

その間にシャドーの選手、もしくはフリーマンの小島が名古屋のボランチ脇のスペース(いわゆるハーフスペース)にポジショニングし、そこでボールを受けて前を向く。

この、名古屋のハーフスペースを突く戦術は東京ヴェルディ戦でも解説した他、1トップ2シャドーを敷いてきた対戦相手はどこも狙ってきています。(大分とかも)

 

もう一つの戦術が、最終ラインの持ち出しです。

特に前半は左CBの浦田延尚が効いていました。それがこのシーンです。

 

どうしても中に絞りたがるガブリエル・シャビエルの1st守備の隙を突き、浦田が持ち上がっていきます。

シャビエルは無効化されているので、ボランチの田口がアプローチに行きます。

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その後、浦田は左WBの白井康介へ。そこに田口ともう一人のボランチ小林裕紀も付いて行ってしまい、バイタルエリアが空っぽに。

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 最後フリーになったシャドーの神田夢実ミドルシュートというシーンでした。

 

このシーン以外にも、愛媛はサイドで高い位置までボールを運んで、マイナスのセンタリングを入れ、そこにシャドーが引いて待ち受けて合わせるというシーンが幾つか見られました。

ボールサイドに全体がつられるのと、ラインがズルズルと下がり、中盤が吸収されてしまう名古屋の弱点は完全にスカウティングされている印象です。

 

前半は、WBはあくまでも幅確保のためであり、狙いはボランチ脇のハーフスペース。

しかしながら、そこにボールは入れるも、そこからの崩しに手間がかかったり、ラストパスやフィニッシュのクオリティが落ちてしまい、名古屋に止められてしまいます。

つまるところ、名古屋の守備を「後ろ向き」にできていないのが、前半の愛媛でした。

攻撃は最終ラインからの組み立てがほとんどで、名古屋は基本的には引いて受ける形。ギャップが生まれて、そこをうまく利用されても、ブロックに侵入したり、裏を取ったりする場面は無く、余裕を持って跳ね返せていました。

ボール自体はうまくポゼッションできていたのですが、ラストの精度が低く、その間に質的優位を持った名古屋が効果的な攻撃で3点をとってしまいました。

そんなこんなで、前半が終わります。

 

【後半の愛媛】

後半開始時は、前半と同じメンバーと布陣、戦術で入って行った愛媛ですが、48分に田口に頭で決められてなんと4点差になってしまいます。

前半のように、ある程度バランスを考えながら丁寧に攻める余裕が完全になくなり、リスク度外視で攻めるしかない愛媛。ここで間瀬監督が動きます。

51分に、近藤貴司と丹羽詩温を投入に、攻撃時の布陣を3-2-5から3-1-6(細かく言えば3-1-4-2)に変更します。それに伴う戦術的変更点は以下の2点です。

・3-1でビルドアップ

・WBは幅確保のための囮ではなく、攻撃の起点として積極的に使う。

まず、ビルドアップの形を変えたことで、名古屋の守備が整う前にサイドにボールをつけることができるようになりました。

そして何より、前線の枚数を増やすことで、ネガティブトランジションがかけやすくなりました。つまり、ゲーゲンプレスの形を得ることに繋がり、前半許していた名古屋のポゼッションを防ぐことと同時に、名古屋の守備組織が整う前に二次攻撃を仕掛けることができるようになったため、名古屋の守備を後ろ向きにさせることができました。

もう1つ大きな点が、名古屋と愛媛の戦力を比較した際に、唯一質的優位に立てる部分が、

・愛媛の両WBの攻撃力vs名古屋のWBの守備力

・愛媛のFWのクロス対応vs名古屋のDFのクロス対応

多少汚い、オープンなゲームになろうとも、この質的優位を効率的に攻める方法に変えました。

 

<愛媛の1点目>

前に人数をかけているため、奪われた際のリアクションに厚みが出ます。

名古屋にカウンターを許さず、ボールを奪い返します。

右WBの青木がカウンターのために上がろうとしていたところだったので、右に大きなスペースがあります。かつ中の人数は3-1-6で前に人数をかけられています。

 

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ボールの配球に定評のある林堂眞から、左のオープンスペースにシンプルにボールを出して、白井からのセンタリング。名古屋の最終ラインがボールウォッチャーになっているところうまく抜け出した近藤が頭で落として、丹羽が合わせます。

中での駆け引き、勝負なら負けないぞというところです。

 

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<愛媛の2点目>

中盤で小島が小林のアプローチをかわして前を向きます。

前に人数が揃っているので、一度縦につけて行きたい場面ですが、彼は迷うことなく左のオープンスペースへフィード。

攻撃面で大きな違いを見せた青木ですが、守備力はイマイチ。そこに攻撃力のある白井をぶつけて行きます。

その後青木を抜き、カットインしてスーペルミドルを叩き込みます。

シュートも見事ですが、小島の迷いなきフィードを見るに、多分後半徹底してサイドを(むしろ白井を)使って、中で勝負しろという指示が出ていたものと思われます。

 

<愛媛の3点目>

 

深い位置からのカウンターです。浦田のインナーラップと河原の最終ラインとの駆け引きとシュートの巧みさが際立っているシーンです。

ここでも、名古屋の最終ライン(多分酒井)がオフサイドトラップをし損なっています。イム・スンギョムが負傷交代した直後のシーンでもあったので、名古屋は色々とゴタゴタしていました。

リスクを負って上がってきた浦田が見事でした。

 

<愛媛の4点目>

3点目を取られたところで、名古屋は5-2-3から4-4-2に布陣を変えます。

白井のところをやられているので、サイドに人数をかけて蓋をしたいという意図があったように思います。

ただ、最終ラインの人数を少なくしてしまったことは、今日のゲームにとっては負の方向に働きます。

まず、中盤のプレッシャーがかからず、簡単に白井へのフィードを許してしまいます。

白井に対しては、右SBに移った宮原と、右SHに変わった青木のダブルチームで対応に行きます。

しかしここでも白井にセンタリングを許してしまいます。

システム変更して間もない名古屋の最終ラインと、人数をかけて虎視眈々とサイドからのボールを狙い続けている愛媛の攻撃陣。中のマーキングも合わず、丹羽にボレーを決められてしまいます。

 

愛媛は後半、愚直に取り組んできたことが実を結び、遂に同点に追いつきます。

 

<その後>

名古屋はなりふり構わず、6-2-2で後ろの人数を完全に合わせます。

そこから交代したフェリペガルシアや玉田圭司、そして絶好調のシャビエルや青木や田口の個人能力を前面に活かした攻撃を発揮し、個人能力を効率的に融合させてそこから3点を叩き込んで、結果的に7-4でゲームは終わりました。

愛媛としては、力尽きたという感じでしょうか。名古屋は出てくる選手も残ってる選手もクオリティが高かった。

 

<まとめ>

馬鹿試合を生んだ理由、言い換えれば、愛媛が4点ビハインドを一時は追いついた理由を動画を中心に考察してみました。

下記の点がポイントだったと思います。

①布陣を変更し、前線の枚数を増やした

→放り込み後のゲーゲンプレスがかけやすくなり、前半名古屋に許していたリズムを取り戻すポゼッションを許さなかった。

→ゲーゲンプレスによってボールを高い位置で奪い返せたことによって、名古屋の守備を混乱させることができた

②質的優位のみに徹底してフォーカスした

→左WB白井に早めにボールをつけ、名古屋のサイドの選手の守備の脆さを突いた

→中の人数を最終ラインと揃えることで、サイドからの攻撃に弱い名古屋のディフェンスの脆さを効率的に突くことができた

結果、ボールを保持することでリズムやインスピレーションを生み出す名古屋に対して、ボールを保持させず、名古屋が最も苦手とする、後ろ向きの守備・サイドを起点にした守備という、名古屋にとって不利な状態を作り出すことができました。リスクを負うことによって。

 

前半決して悪くない出来だったのですが、結果的に開き直れる点差になったことで、前線をフレッシュにし、自分たちのストロングのみを出す環境にした間瀬監督の戦術的、メンタル的なアプローチは見事でした。

また、自分たちのウィークポイント、名古屋のストロングポイントはあえて無視し、名古屋のウィークポイントを確実に突いていくことができたことも大きな要因です。自分たちがどういう状況であれば、名古屋に対して質的優位を生むことができるか。全員が共通認識を持っていたからこその4得点だったのだと感じます。

そして、上記の戦術変更を遂行したベンチ決断力の強さは評価に値すると思いますし、それをやりきった選手たちも見事です。

愛媛サポーターの方々は是非讃えて欲しいと思います。

 

最後に、愛媛が後半に表現したかったことが詰まっているシーンを添付して、今回のエントリーを終えます。

 

「相手の嫌がることをする」ことは、相対的なボールゲームにおいて非常に大切な観点です。

そして、それを「自分たちのストロングポイントを用いて」することができれば、より相乗的な効果が期待できるんだろうなぁと、学ばせてもらった一戦でした。

愛媛は、「名古屋が嫌がる」こと、もっと言えば「名古屋が名古屋らしさを出せない状況」を、リスク度外視で「自分たちのストロングポイント」のみを使って作り出しました。

ゲームに勝つには、自分たちのことを知っていないといけないのはもちろんですが、やっぱり相手のことも知る必要があります。

最後の名古屋の3得点のように、相対的な駆け引きだけでは埋まらない差はもちろん存在します。

ただ、そういうアプローチを常に心がけておくことは非常に大切だと思います。

名古屋も、自分たちのストロングポイントが、うまく相手のウィークポイントにハマるようなゲーム設計をしていくだけでだいぶ違うと思うんだけどなぁ・・・(最後は愚痴でした。)